沼津御用邸記念公園をブログレビュー|西附属邸と窓越しの松林が癒される

心と体が整う旅をお届けしている、「ウェルトリップ」です。
夏の終わりの気配が漂うある日、ふと思い立って静岡・沼津へ日帰り旅に出かけました。訪れたのは、かつて皇室の静養地として愛された「沼津御用邸記念公園」です。
広大な松林の静寂に包まれた西附属邸には、明治・大正・昭和の時間がそのまま息づいていました。格式ある謁見所や御座所、思わず目を疑った「御玉突所(ビリヤード場)」、そして手吹きガラス越しに揺れる松林の庭――。心穏やかに歴史の余白を味わったひとときを、写真とともに振り返ります。
沼津御用邸記念公園、正門から西附属邸へ
沼津御用邸とは
そもそも「御用邸」とは何でしょうか。一言でいえば、皇室の方々がご静養や避寒・避暑のために過ごされる別邸のことです。
沼津市の案内によると、沼津御用邸は1893年(明治26年)、当時皇太子であられた大正天皇のご静養先として造営されました。温暖な気候と駿河湾を望む潮風、そして美しい松林に囲まれたこの場所は、明治・大正・昭和の三代にわたり、皇族方のやすらぎの場となってきた歴史があります。
1969年に御用邸としての役目を終えたあと、翌1970年7月からは「沼津御用邸記念公園」として広く一般に公開されています。
現在は、西附属邸の優美な建築や家具、丁寧に保全された松林の園内を見学できます。建物の背景を少し知ってから歩くだけで、部屋の佇まいや窓越しの景色が、ぐっと奥行きを増して見えてきます。
所在地:〒410-0822 静岡県沼津市下香貫島郷2802-1
大きな松に囲まれた正門

ウェルトリップ Taka訪れる前の私は、「きっと格式高い立派な建物があるのだろう」くらいの気持ちでした。
「御用邸」と耳にしてまず思い浮かぶのは、建築の壮大さや威厳です。実際に対面した西附属邸は、よく手入れされた堂々たる木造平屋造りで、その美しさに圧倒されます。
ところが、部屋を巡り、縁側から窓の外を眺めているうちに、自分の中の関心がすっと移り変わっていくのに気がつきました。
立派な建物の造形そのものから、「ここでは、かつてどんな時間が流れていたのだろう」という、暮らしの息遣いへ。
松林に囲まれた静かな敷地
園内に足を踏み入れてまず印象的だったのは、驚くほどの深い静けさでした。



ただ音がしないというだけでなく、空間そのものがそっと守られているような、柔らかな気配です。
大通りから離れ、幾重にも連なる黒松の林に抱かれた敷地。その中心に木造の邸宅が佇み、障子や窓の向こうにはしっとりとした緑が揺れています。
見学前の「歴史ある立派な建物」という印象に、「深く呼吸ができる、心地よい居場所」という実感が静かに重なっていきました。
西附属邸の部屋を写真でたどる
西附属邸を歩いて心奪われたのは、その部屋の多さだけではありません。
賓客を迎える公的な空間もあれば、日々の静養のための私的な空間もある。一部屋ごとに明確な役割が与えられており、「現代の家とは、成り立ちの思想からまるで違うのだ」と実感させられます。
謁見所と御座所


来賓をもてなした謁見所(えっけんじょ)には、青畳の上にクラシカルな絨毯が敷かれ、重厚なテーブルと椅子が並んでいました。


皇族方がお使いになった御座所(ござしょ)も、和の造りと洋家具が溶け合った空間です。凛とした木の柱や障子の桟、そこに配された西洋の調度品。和と洋が自然に手を取り合う姿に、明治・大正という時代の息吹を感じます。


こちらはダイニング。部屋の名前と設えを一つひとつ確かめるたび、この邸宅がただの広大な屋敷ではなく、「公の場」と「暮らしの場」を併せ持った特別な舞台であったことが伝わってきます。
来客の部屋、暮らしの部屋


西附属邸の魅力は、公的な儀礼の場とプライベートな居住空間が、ひとつの建物のなかで美しい調和を保ちながら共存している点にあります。
写真の女官応接も、細やかな役目の違いが静かに息づく部屋のひとつです。


こちらは玄関脇にある来客の控えの間でしょうか。簡素でありながら品のある佇まいで、用途ごとにきっちりと居場所が整えられている構成に興味が尽きません。


「この部屋では、どんなふうに過ごされていたのだろう」と思いを巡らせながら歩くと、廊下の角を曲がるたびに知的好奇心がくすぐられます。
ちなみに、この洗面台が並ぶ一角は「御料浴室」。現代のように湯船に浸かるのではなく、床に座って湯を浴びる「掛け湯形式」が採られていたのだそうです。写真には写っていませんが、建物のすぐ外側には専用の湯沸かし所も備えられていました。


建築の美しさを愛でるだけでなく、部屋ごとに託された役目と暮らしの温度をたどっていく。そんな贅沢な時間が流れます。
壁に目をやると、昭和天皇が幼少期に描かれたという貴重な絵も展示されていました。歴史上の人物が、確かにここで幼き日を過ごしたのだという実感が湧いてきます。
26室が続く木造平屋
西附属邸は木造平屋建てでありながら、部屋数は実に26室、延べ床面積は約1,270平方メートル(約384坪)にも及びます。
数字の大きさにも驚かされますが、実際に部屋の役割を一つひとつ確かめながら進むと、その広さがより立体的に感じられます。


ただ広いのではなく、皇族方を支える侍従や女官たちの動線、そして日々の静養を支える細やかな機能が美しく組み込まれているからです。


一般の住まいの物差しで測ろうとしては、「そもそも作られた目的も世界も違うのだ」と、思わず自分で自分にツッコミを入れたくなってしまいました。
御玉突所に残るビリヤード台


そして、最も私の目を奪ったのが、この「御玉突所(おたまつきじょ)」でした。
部屋の真ん中に鎮座していたのは……なんと、立派なビリヤード台!



「えっ、御用邸の中に、ビリヤード台!?」
これには本当に意表を突かれました。見学前の私の中では、「御用邸=静かな和室がどこまでも続く場所」という固定観念があったからです。
ところが、扉を開けると目の前には鮮やかなグリーンの羅紗(らしゃ)を張ったビリヤード台が、堂々と置かれています。写真を見返している今でも、そのギャップの鮮烈さに思わず笑みがこぼれてしまうほどです。
この御玉突所は1922(大正11)年に増築されたものだそう。皇族方がハイカラな社交のひとときを楽しまれた姿を想像すると、どこか親しみやすさすら湧いてきます。西附属邸が時代の変化に合わせて手を加えられ、大切に愛され続けてきた証拠でもありました。
古いガラスの向こうに広がる松林
部屋ごとの役割に感嘆したあと、私の視線は自然と窓の外へと引き寄せられていきました。
この旅でいちばん心に残ったのは、木造の邸宅から、古い手吹きガラス越しに眺めた松林の景色でした。
木の窓枠と、波打つ古いガラス


飴色の木の窓枠越しに見える景色が、わずかに揺らめいています。
大正期特有の製法で作られた古いガラス窓。表面が微妙に波打っているため、ガラスを通すと外の木々や建物の輪郭がやわらかく揺らいで見えるのです。窓そのものが、この邸宅が重ねてきた百余年の時間を閉じ込めているかのようでした。
ここでは、豪華な部屋や調度品だけでなく、こうした窓辺の繊細な表情にも自然と足が止まります。
窓越しに広がる松林と海


窓の向こうには、整然と、けれど力強く伸びる松林が広がっていました。



この景色をぼんやり眺めていると、「ここで過ごす静養の日々は、どれほど心を解きほぐしてくれたのだろう」と、思わず想像してしまいます。
外に出て直接松林を眺めるのと、木の温もりに包まれた室内から窓枠越しに見るのとでは、心への届き方がまるで違います。
木枠が一枚の額縁となることで、ただ景色を消費するのではなく、「この場所で過ごす時間そのもの」に深く没入していくような感覚でした。
松林の中で感じた海風





耳を澄ませても波の音は届きません。けれど、肌をかすめる潮風が、すぐそばの海を確かに伝えてくれます。
海辺の保養地だからといって、心に残るものが豪快な波の音とは限らないのですね。
深く静かな松林の緑、松葉の隙間をすり抜けるやわらかな海風、そして余計な雑音のない穏やかな時間。その心地よい調和に、日頃の緊張がふーっと解けていくのを感じました。
西附属邸と松林、その静かな風景
歴史ある名建築を見学したはずなのに、帰り道に一番心に残っていたのは、場所全体が放つ「圧倒的な静けさ」でした。
道路から離れた敷地
沼津御用邸記念公園がこれほど静かなのは、敷地が幹線道路から離れており、広大な松林が防音壁のように外界の喧騒を遮断してくれているからでしょう。
松林の深い懐に包まれた敷地には、鳥の声と風の音だけが穏やかに響いていました。
正門をくぐったときに感じた「何かに守られているような感覚」の正体は、この距離感と豊かな緑のバリアだったのだと納得がいきました。
畳の部屋から見えた松林
ただ建物を見るだけなら、規模や珍しさ、古さだけに目を奪われて終わっていたかもしれません。
けれど西附属邸では、部屋の役割を知り、波打つガラス越しに松林を眺めるうちに、「ここで暮らしたら、どんな心地よさがあるのだろう」と自然に思いを巡らせていました。
それこそが、この場所を訪れる一番の面白さでした。(もし許されるのなら、あの心地よい風が吹き抜ける畳の上で、大の字になって昼寝をしてみたい……!そんな妄想を抱いてしまうほどです)。
建物の解説文を読むだけでなく、その空間に身を置き、かつての静養の時間を五感で味わう。何より贅沢な整う体験となりました。
皇室の滞在を伝える展示
沼津御用邸は1969年に役目を終え、翌年からは記念公園として市民や旅人に開かれています。


公園となった今もなお、西附属邸の部屋や窓辺には、ここが確かに「日々の静養と暮らしの舞台」であった温もりが色濃く残っています。
かつてここで過ごされた方々が、この松林を前に何を思われていたのかは分かりません。
ただ、静かな部屋から緑を眺めながら、「きっと今と同じように、この心地よい風に心を休められていたのだろうな」と、時代を超えて共感できる時間がありました。



訪れる前に思い描いていた「立派な観光地」よりも、ずっと穏やかで、静かな余韻が長く心に残る場所でした。
沼津御用邸記念公園の近くの見どころ
沼津御用邸記念公園の近くのおすすめスポットをご紹介します。
時間があれば近くの沼津港深海水族館もおすすめ
この日は御用邸を訪れる前に、沼津港深海水族館にも立ち寄りました。シーラカンスの標本や深海生物をじっくり見てから、御用邸の静かな松林へ。同じ日に巡った水族館の見どころや所要時間、チケットの割引情報は、こちらの記事にまとめています。


沼津御用邸記念公園の料金とアクセス
西附属邸の内部を見学する場合は、「入園のみ」ではなく「西附属邸観覧を含む券」を選びます。
西附属邸を見るなら観覧込みの券
公式サイトに掲載されている料金表は以下のとおりです。


| 区分 | 入園のみ | 西附属邸の観覧を含む |
|---|---|---|
| 沼津市内・一般 | 100円 | 400円 |
| 沼津市内・小中学生 | 無料 | 150円 |
| 沼津市外・一般 | 300円 | 600円 |
| 沼津市外・小中学生 | 100円 | 250円 |
※幼児はいずれも無料です。料金改定等が行われる場合もありますので、お出かけ前に公式サイトでご確認ください。
開園時間と休園日
開園時間は9:00〜16:30で、年末年始(12/29〜1/1)を除き通年開園しています。
イベントの開催やメンテナンスに伴う臨時変更がある場合もありますので、訪問日が決まったら公式サイトのお知らせを見ておくと安心です。
駐車場と「御用邸前」バス停
公共交通機関を利用する場合、JR沼津駅南口から路線バスで約15分、「御用邸前」バス停で下車してすぐです。
車で訪れる場合、普通乗用車の駐車場は無料(大型バス・マイクロバスは有料:1,040円)となっています。
最新のバス運行ダイヤや開園情報については、事前に公式案内をチェックしてからの出発がおすすめです。
\ 現行の利用案内・交通アクセスはこちら /
よくある質問
- 沼津御用邸が廃止された理由は?
-
昭和に入ってからの周辺環境の都市化や交通事情の変化、建物の老朽化などを背景に、1969年に御用邸としての役目を終えました。翌1970年からは記念公園として整備され、歴史的遺産として大切に一般公開されています。
- 東附属邸と西附属邸は何が違う?
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西附属邸は当時の建築や家具がそのまま保存され、皇室の静養生活や近代宮廷建築をじっくり見学できる建物です。一方の東附属邸は、現在はお茶会や文化活動、催事などの貸出施設として活用されています。一般的な建物内部の見学は主に西附属邸となります。
- 園内に食事や売店はある?
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園内には、かつての厩舎(馬小屋)をリノベーションした喫茶「主馬(しゅめ)」や、風情あるそば処、そしてお土産処があります。今回は喫茶での食事はしませんでしたが、売店に立ち寄って銘菓をお土産に選びました。














